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宝が埋まる(?)五輪塔
秋葉山のふもとには、お地蔵さんに見守られるようにして五輪塔が建っています。
この塔は、正徳6年(1716)、本誉浄有(ほんよじょうゆう)こと富山秀定が「何か困ったことが起きたらここを掘りなさい」といって建立したものです。
富山家といえば、射和きっての富豪でしたから、「きっと下には小判がどっさりかくされているに違いない」と囁かれ、いつの頃からか五輪塔は”宝の埋まる塔”といわれるようになりました。
しかし、実際に埋められているのは小判ではなく、”法華経”。
富山家は京の北畠氏の末裔にあたる家柄。秀定は、むかし先祖が発端となって多くの命を奪った「応仁の乱」の霊を慰めようと、法華経を奉納した五輪塔を建て、そばに地蔵を据えたのです。
つまり、困ったときには仏様に手をあわせなさい・・・ということです。 |
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三百余年前の子ども絵本
旧射和寺の境内にある大日堂には地蔵菩薩が祀られています。この像は南北朝時代の作といわれており、右手に錫杖、左手に如意宝珠を持った寄木造の座像です。
戦後、この像の中から江戸時代の絵本が12冊みつかり、大変話題になりました。
赤と黒の表紙(たて12〜13センチ)の子ども絵本で、寛文・延宝年間(1661〜81)に上方でつくられたものです。当時絵本は江戸固有のものとされていましたから、すでに上方でも同じように出版されていたことを証明する貴重な資料となりました。
持ち主は帯屋長九郎とあり、幼くして亡くなった長九郎の追善供養に、父親の次郎吉が地蔵の胎内に納めたと思われます。
現在では射和自治会が管理しています。
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この仏像(写真右)の頭の部分から絵本が発見されました。 |
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