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歳時記

水屋神社「お水送り」

飯高町赤桶 水屋神社 11月9日、戦国時代の1577年以来、途絶えていたという「水屋神社のお水送り」が 復活しました。実に425年ぶりということです。 この祭りは、神社の西約700mのところにある「閼伽桶(あかおけ)の井」でくんだ 水を奈良の春日大社への奉納するという行事。起源は平安時代の貞観元年(859) の11月9日と伝えられています。約700年も続けられていたのですが、戦国時代に起きた兵乱を機に途絶えていました。
飯高町赤桶 水屋神社 祭りは、11月9日の未明、10人ほどの下帯姿の男性と白装束の女性が禊ぎ場で体 を清めた後、境内に入って神事をおこなう場面から始まります。神事を済ませれば、 いよいよ、お祭りのクライマックス。 松明(たいまつ)を先頭に、神主と男女が閼伽桶(あかおけ)の井まで御水を汲みに 出掛けます。御水は、社殿に置かれた2つの赤桶に入れられ、春日大社へと贈られま す。春日大社では、「神事用の御神水」として大切に活用されるということです。
飯高町赤桶 水屋神社425年ぶりにおこなわれた神事が始まろうというこの夜は、風雨荒れ狂うあいにく の一夜。しかし、祭りの参加者が身を清め、御水を汲みに出掛けようとしたまさにそのとき、それまで激しかった風雨はぴたりとやみました。 神意というところでしょうか。不思議なもので、皇太子さまと雅子さまが成婚され伊勢神宮に結婚のご報告にお見えになったときも、そうでした。近鉄宇治山田駅に到着されるまで大雨でしたが、ご到着されたあたりから雨は上がり、外宮への参拝はなん なくおこなわれました。 話を御水に戻します。御水は、午前3時半ごろ、水屋神社を出発。県境を越え、奈良 の春日大社へと向かいました。御水を入れた赤桶。水屋神社のあるのは飯高町の赤桶(あこう)という所ですが、地名の由来はこのお祭りにあるのではないでしょうか。
飯高町赤桶 水屋神社それにしても、なぜ、わざわざ、三重県から奈良まで水が送られたのでしょうか。一 説には、大仏や寺社の建立が度重なった奈良では、仏像のメッキに欠かせなかった水 銀を大量に用いられたため、清らかな水の確保が難しくなっていたのが原因ではない かといいます。高見峠をはさんだ、大和と伊勢との交流は古くから活発に行われてき ましたが、水を介した交流もまた貴重な営みです。 いまも水屋神社のすぐ脇を流れる清らかな櫛田川をぜひご覧ください。そして機会あれば高見山はじめ、周囲の山々へも足を延ばしてみてください。自分の足で歩き、山々の風景を眺めれば、伊勢と大和の深いつながりがなお一層見えてきそうです。
飯高町赤桶 水屋神社水のお話とは異なりますが、境内の大楠は見事です。樹齢1000年、根の回り29メート ル、樹高も35メートルという巨木です。自然に恵まれた境内ですので、数多くのムササビが生息し、夕暮れ時に姿を見せるムササビを見物に訪れる人も多いようです。

飯高町赤桶 水屋神社

アクセス
車:松阪市街地から国道166号を約30キロ。
三交バス:松阪駅前から飯南波瀬線に乗り、向赤桶下車すぐ。所用時間約40分。

水屋神社
三重県飯南郡飯高町赤桶(あこう)
TEL/FAX 0598-46-0932
公式サイトはこちら


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其の九:水屋神社

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